Creation Science クリエーションサイエンス

進化論と人類の起源
金子 龍太 博士

序文

生命の起源については "Creation Science" でみてきましたが、では人間はその生命のどこに位置するのでしょうか。 原始生命から進化してバクテリア→藻類→動物→恐竜→哺乳類→猿→ヒトと変わってきたものなのでしょうか。 ではまず、進化論について見ていきましょう。



目次

  1. 進化論―その信憑性と思想背景
  2. 進化論のほかには
  3. わたしたちの起源と存在目的と


1 進化論―その信憑性と思想背景

進化を語る前に、進化の定義にかかわる「マクロ進化」と「ミクロ進化」について 言及しておかなければなりません。ミクロ進化とは、ある生物種が、住んでいる場 所や環境、食料や外敵、温度気候、他の種との関係などの違いによって、少しずつ 異なる生態や形態を示すのを説明するもので、変異と適応と自然淘汰が原動力だと いうものです。例えば日本の鹿とアメリカの鹿が少し違う、太平洋の島々のトカゲ が島ごとに少し異なっている、というようなことを説明するもので、現在では、科 学的な論拠による観察事実の説明が認められているといってもよいでしょう。一方 、マクロ進化とは、大きな進化、種(しゅ)を越えて変化する進化を指します。す なわち、魚類が両生類になって陸上に上がり、爬虫類、恐竜と変わっていって哺乳 類へと変化する、陸上動物が手足をばたつかせているうちに、翼に変わって鳥にな ってしまう、という変化をマクロ進化と呼んでいます。マクロ進化は、ミクロ進化 の変異と適応と自然淘汰が原動力であるという考えをそのまま拡大適用して、全く そのまま同じように説明します。ここで私たちが議論の対象とする進化は、このマ クロ進化についてに限っていきたいと思います。すなわち、マクロ進化論です。

この進化という現象は、現代の多くの人にとって疑う余地もない事実であると考え られています。かつ、特にこの日本語訳の「進化」という言葉は「進歩」「向上」 「前進」という響きを持ちますから、自分たちがたくましく、優秀に、より高等に 進化してきたと考えることは大変心地好く、したがって進んで受け入れたくなる考 え方です。このような人間の情感による支持を受けて進化論は登場し、しかも登場 させたのが生物学者たちですから、学問として科学として、世の人々の考え方を席 捲しました。進化論ほど科学のような顔つきをした思想はないといってもでしょう 。「似ているから元は同じものだったのが変化したのだろう」という論法だけで成 り立って、あらゆる分野の学者、識者が自然科学として取り扱い、人文科学で取り 扱うべき「思想」としての素顔が隠されています。「似ている。ゆえに元は同じも のだった。それが分岐しそれぞれ変化した。」これが進化論の論拠の全てです。一 方、「似ている。ゆえに同じ創造者が造った。それぞれの生物がそれぞれに必要な 構造ゆえの多様性を与えられている。」これは創造論の論法です。どちらかが正し くどちらかが誤りですが、大事なことは、この二つの論理がある、ということです 。そしてどちらが真実と思われるかをひとりひとりが自分で考えるべきだ、という ことです。今の現実的な状況を観るに、進化という現象が現代の多くの人にとって 疑う余地もない事実であると考えられているのは主として教育のせいです。思想で ある以上、偏向教育はあってはならない否定されるべきものです。しかし、ここで の目的は進化論を攻撃することではありません。進化論は確かに今の人々の希望と なる側面を持って現れました。神による人間の創造を自明のこととするキリスト教 的生命観が支配していた中世ヨーロッパにおいて、進化論の出現は、被造物・従属 物と考えられてきた人間の、独立宣言にも似た解放をもたらした、とも言えるので はないでしょうか。その解放感は中世ヨーロッパに限らず、進化論が輸入された日 本においても、イザナギ・イザナミなり何なりの神等やあるいは天皇まで含めたも のからの科学による解放という意識をもたらしたのではないでしょうか。つまり人 間は、進化論を信じたかったのでしょう。進化論でなくてもとにかく、自分たちが どこから来たのかについて納得のできる、安心できる、拠って信じられるものが必 要だったのではないでしょうか。進化論は必然だった、それ以上に人々に安心と解 放を与えるものがなかったのです。福音は人々に伝えられていなかったのです。で すから進化論者を攻撃したり否定したりすることは、思いやりのない、愛のない行 動です。進化論を信じる人々は、拠って信じられるものを必要としている人々なの です。ですが、しかしながら、私たちに必要なものは真実であり、有用な思想では ないのです。進化論は、一つの学問領域として一人歩きし過ぎてしまいました。で すからここでは、学説・論説としての、進化論という説そのものの論拠を調べてみ ましょう。

進化論(マクロ進化論)はもともとミクロ進化からの類推です。例えば、あるトカ ゲがその住んでいる環境に応じていくつかの違う種類のトカゲに変わっていった、 という推定から思い切り飛躍して、だからもっと変化を続けた原始トカゲがとうと う哺乳類になった、トカゲも待てば馬に変わる、というような論説です。それが証 拠にトカゲは下の地層から、馬は上の地層から化石で現れるではないか、これがト カゲが昔からいて馬があとから現れた印しだ。また生物が変化する証拠に、ショウ ジョウバエを捕まえてきて実験室でいろいろなことをして飼っておけば、遺伝子の 変異体がでてきて、頭から手の生えた奴やら体節の足らない奴やら目の赤いの白い の、どんどんでてくるではないか。だから人ももちろん単細胞の原始生命から何億 年もかかって発達進歩して進化してきたのに決まっている。この論法はミクロ進化 からマクロ進化への完全な論理の飛躍で成り立っています。しかも遺伝子の変異と いうものは、あらゆる学者が認めているように、ほとんどの場合不利な変異です。 いわゆる奇形を生むものです。そして進化の原動力である自然淘汰については、猿 が森の食料不足で森を追われ、草原を歩いているうちに直立歩行がうまくなり、尻 尾が要らなくなり、頭がよくなって人になったのだ、と言うのです。今は、住みか を追われた生物はどんどん絶滅の危機に瀕し、地上から姿を消していっているにも かかわらず、です。‥‥どうでしょうか、これは本当の意味で自然科学と呼べるも のでしょうか。「変化」という動きのあるもの=ダイナミクスについて、何一つそ れを語る証拠がなく、変化の過程で現れるはずの中間型の生き物、例えば手足にな りつつあるヒレとか、翼になりつつある前肢とか、そういうものを持つ化石も一つ もないのです。類人猿や原人の化石はほとんど全部が贋作だったり、テナガザルの 頭蓋骨と人間の大腿骨を一人分としてくっ付けたものだったり、くる病の人間のも のだったりということは研究者の間では有名な話です。そして、考えてみましょう 、手足になりつつあるヒレとは何の役に立つでしょうか。泳ぐのにもあまり適して いなければ、歩いたり持ったりするにも具合の悪いものです。そんなものを持った 生物が進化が完了するまでの何万年もの間、生き延びられるのでしょうか? ある いはもし水陸両方に適した手足ヒレだったとしたら、そんな便利なものは淘汰され ずに残って今そういうものを持った生物がたくさんいるはずではないでしょうか。 また、偶然の変異の蓄積だとしたら、前肢が翼に変化すると同時に骨が中空になっ て軽量になり、体を軽くするために食物が体内に長時間滞留しないように短い消化 管と速い消化能を持つようになったり、多くの変化がびっくりするほど都合よく続 け様に起こらねばならないのです。遺伝子の変異はほとんどの場合不利な変異であ るにもかかわらず、です。その間ずっと物を持てない前肢のような、飛べない翼の 様なものをもって生きていなければいけないのです。進化論とは、このような理不 尽な現象や奇跡の連続がつぎつぎに起こり続けたと説明しているものなのです。

また進化論とは似ているということで作った生物分類の系統樹を、進化の分岐の絵 にすり替えたものです。例えば猿と人が遺伝子的にまたは生態的に何%似ている、 霊長類と齧歯類とは何%似ている、哺乳類と爬虫類は何%、というようにして生物 分類の系統樹を作りますが、その系統樹の図の各々の枝の分岐点に相当する点に架 空の祖先生物なるものを想定してしまいます。枝分かれした一方は霊長類系に、一 方は齧歯類系に進んでいったと想定します。しかし現実には化石も現存する生物も 霊長類か齧歯類のどちらかであって、両方であるという生物は過去の化石記録にも 現在の生物にも存在しないのです。つまり、枝分れなどしたという証拠は現実には 何もないのです。枝分れはしていないのです。そして分類上の系統樹にしたがって 、何%似ていれば何年変化にかかるはずだということを、例えば遺伝子の変異の一 般的な頻度や、たまたま見つかっている二つの生物の二つの化石の古さから推算し ただけに過ぎない数字を、枝分れした年代として書き込んで、進化系統樹と名付け てしまったのです。例えば二つの生物種の遺伝子が5万箇所、異なるとして、遺伝 子変異が一箇所起こる頻度を実験室的に求め、ある個体に5万箇所の変異が蓄積さ れるのにかかる時間を数学的に求め、例えば答えは2000万年、というように算出し ます。したがってその二つの種は2000万年前に分岐した、ことにするわけです。現 実に枝分れというようなことが起こりうるのか、ほんとに変化などしたのか、とい う進化現象の原点の真偽に関しては全く論議されないままです。しかし分子生物学 の発展により、遺伝子解析だけは一人歩きしてどんどん情報が増えてきており、そ れによってどの程度生物種間の遺伝子的隔たりがあるかについての計算そのものは 、精度の高い極めて詳しい分類系統樹ができてきています。この分子進化という新 しいテクニックは、相変らず進化現象の真偽には目もくれず、どんどん発展してい ます。しかしどれだけ遺伝子解析が進歩しても進化論そのものの信憑性については 昔も今も論議の外です。こういった現代的進化論の取り扱っているのは例えばクジ ラの進化、象の進化、というような進化です。例えばヒゲクジラ類と、歯クジラ類 の分岐は1500万年前だったとか、いや3400万年前だったというような議論です。化 石記録でもヒゲクジラ類とも歯クジラ類ともつかない中間型クジラが見つかってい ます。これは私たちの今の文脈では、ミクロ進化の話です。恐竜が哺乳類になるマ クロ進化の話ではありません。にもかかわらず、ヒゲクジラと歯クジラの進化系統 樹にはどういうわけか、爬虫類だの鳥類だの魚類だのが巨大な一つの樹の元の方か ら分れたように一緒に載ってしまうのです。何の説明もなく。

いかがでしょうか、このような進化論とは、科学でしょうか、「お話し」でしょう か。変化の証拠がないことは全て何万年、何億年という数字の中に埋没させて片付 けてしまい、人間は自らたくましく進化して生き続けてきたのだという自尊心を人 々に与える思想、またはストーリーではないでしょうか。あるいは「信仰」と呼ん でもいいものではないでしょうか。それは、かつての「神様によって作られた」と いう神話的考え方から科学によって脱却して、新しい考えを手にいれた、人間はさ すが、頭がよい、という自尊心に訴える思想転換だったのでしょう。しかし、証拠 のないものをすでに事実であるように断定して、小学校から進化論をたたき込むの は問題です。そうして育ってきた人々は、頭から進化論が事実であることを前提に 発想するようになります。私もかつてはその一人でした。これを読んでいる皆さん のほとんどがそうであるか、そうであったかではないでしょうか。しかし、この「 進化論」という仮説は、よく考えれば考えるほど根拠がないように思えます。

この問題について、当の進化生物学者たちはどういう見解を持ってきているのか、 について非常に内容のある議論が行われた大きな学会の記事を添えますので(未) 、読んでいただきたいと思います。1980年にシカゴで行われたマクロ進化の国際会 議で、記事は学術誌のトップの一つであるサイエンスに参加研究者のリポートとし て掲載されたものです。この学会での研究者たちの結論めいた感想は、ミクロ進化 のメカニズムはそのままマクロ進化に当てはめることはできない、というものでし た。お読みになれば、「似ている。ゆえに元は同じものだった。それが分岐しそれ ぞれ変化した。」という仮定が絶対前提として支配していて、その論法そのものは 議論されていないということに気づかれると思います。

目次に戻る


2 進化論のほかには

では、現在の進化論が誤っているとしてしまうと、何が事実なのでしょうか。私た ちが神と呼んでいる存在が、生き物の全ての種(しゅ)を造ったのでしょうか。こ ちらも何の証拠もありません。他にはどうでしょうか、考えられることを全てあげ ていってみましょう。

単細胞の原始生命に、進化がプログラムされていた。 原始生命が(神によって)造られたとき、それが壮大な進化を遂げるべく、すでに (神により)プログラムされており、35億年で人間になるようにできていた。すなわ ち種(しゅ)は、変わるべき時期がくればその時に極めて短期間に自動的に変わる。

進化論は基本的に正しく、私たちのまだ分からない原因により、種(しゅ)を越 える大きなマクロ進化を遂げるメカニズムがある。将来研究が進めばいずれ分かっ てくるだろう。そのメカニズムを自ら獲得してきた生物だけが、現在地上に繁栄し ている。

進化論は基本的に正しく、かつ、現在認められていない獲得形質の遺伝が実は起 こっている。つまり、ある生物がその一生のあいだに環境に適応をした変化をした 場合、それから生まれてくる子も、その変化をもって生まれてくる。例えばキリン が遠くを見ようと首を伸ばしているうちに少しでも首の関節や椎間板の細胞がスト レッチされてやや長くなった場合、その細胞とは無関係の生殖細胞(精子・卵子)か らできるそのキリンの子供は、生まれながらに先代のキリンより首が長く生まれて くる。魚が住んでいた水が干上がって、それでも少ない水たまりで何とか生き延び た魚の産んだ卵から生まれた魚は、生まれたときから干潟や陸上で暮らせるように なっている。この獲得形質の遺伝のメカニズムは、研究が進めば明らかになるはず だ。

神がそれぞれの種をそれぞれの時期に創造してきた。例えば恐竜が滅びたころ、 哺乳類を創造した。そののち猿を創造し、数万年前に人を創造した。

神がその初めに聖書に書いてあるような天地創造をした。つまり、恐竜と人は同 じ時にいて、恐竜は滅びたが人は滅びなかった。創造ははじめ以後、行われていな い。

大体これで全部の可能性を網羅していると思われます。しかし、学問は今までも分か るとは思えなかったことを次々と分かるようにしてきたので、絶対無理だとは言え ないかも知れません。そのほかの可能性については、神の存在と意志を前提にする ので、そうかも知れないし、そうでないかも知れない、科学的には不可知である、 と言わざるを得ないのではないでしょうか。

それでは聖書による天地創造の、科学仮説としての妥当性についてはどうか、 考えてみましょう。天地創造は荒唐無稽な神話に過ぎないのか、それとも事実とし ても受け入れられるだけの科学的妥当性を持つものなのでしょうか。これについて は宇佐神正海うさみまさみ著の「崩壊する進化論」(マルコーシュコーポレーション 出版)という本の中で科学的にたいへん詳しく議論されていますので、ぜひご一読を お勧めします。ここではそれを参考に、この創造説で無理なく説明できるのかを考 察していきたいと思います。

聖書の創世記はこう書かれています。(創世記第一章)

はじめに神が天と地を創造した。

神が「光よ、あれ」と仰せられた。すると光ができた。そして神はこの光と闇とを 区別された。神はこの光を昼と名づけ、この闇を夜と名づけた。第一日。

ついで神は、「大空よ、水のあいだにあれ。水と水とのあいだに区別があるように 。」と仰せられた。こうして神は、大空を造り、大空の下にある水と、大空の上に ある水とを区別された。神はその大空を天と名付けられた。第二日。

神は、「天の下の水は一所に集まれ。かわいた所が現れよ。」と仰せられた。かわ いた所を地と名づけ、水の集まったところを海と名づけられた。「地は植物、種( たね)を生じる草、種類にしたがって、その中に種(たね)のある実を結ぶ果樹を 地の上に芽生えさせよ。」それで、地は植物、おのおのその種類にしたがって種( たね)を生じる草、おのおのその種類にしたがって、その中に種(たね)のある実 を結ぶ木を生じた。第三日。

ついで神は、「光るものは天の大空にあって、昼と夜とを区別せよ。しるしのため 、季節のため、日のため、年のために役立て。天の大空で光るものとなり、地上を 照らせ。」と仰せられた。するとそのようになった。それで神は二つの大きな光る ものを造られた。大きいほうの光るものには昼をつかさどらせ、小さいほうの光る ものには夜をつかさどらせた。第四日。

ついで神は、「水は生き物の群れが、群がるようになれ。また鳥は地の上、天の大 空を飛べ。」と仰せられた。それで神は、海の巨獣と、その種類にしたがって、水 の群がりうごめく全ての生き物と、その種類にしたがって、翼のある全ての鳥を創 造された。神はまた、それらを祝福して仰せられた。「生めよ、ふえよ。生みの水 に満ちよ。また鳥は、地にふえよ。」第五日。

ついで神は、「地は、その種類にしたがって、生き物、家畜や、はうもの、その種 類にしたがって野の獣を生ぜよ。」と仰せられた。神は、その種類にしたがって野 の獣、その種類にしたがって家畜、その種類にしたがって地のすべてのはうものを 造られた。そして神は、人をご自身のかたちに創造された。そのようにして神はお 造りになった全てのものをご覧になった。見よ。それは非常によかった。第六日。

こうして、天と地とそのすべての万象が完成された。

これが天と地の創造の経緯です。この説明が無理のないものかどうかを順を追って みてみましょう。

まず、光がありました。光合成をするに必要な光エネルギーが準備されました。次 に大空が造られました。大気を意味すると考えていいでしょう。そして、その上に も水があったと書いてあります。これは雲や雨でしょうか。宇佐神は、水が実際に 液体の厚い層で大気の上空にあったと考えます。これは物理的には可能で、土星の 輪のように水分子が大量に地球の上空軌道を回っていたとすれば十分考えられます 。そしてこれが宇宙線や紫外線と言った生物にとって有害な光を吸収し、有用な可 視光だけを透過させていたとすると、地上は生物にとって大変よい環境だったこと になります。三日目に植物が造られました。上の水に囲われた温室は植物繁茂に最 適だったでしょう。太陽の誕生はその次の四日目です。光がすでにあり、昼と夜が ありました。その「光」を太陽に置き換えて任せたのでしょうか。これは少し不思 議で、地球が先に生命を持ってから、あとからできた太陽系に加わっていったこと になるのでしょうか。かなり不思議ですが、これを否定する論拠はありません。宇 宙はおそらく200億年の昔にでき、太陽系はおそらく45億年前で、太陽(水素とヘリ ウム)も惑星(それらより重い元素が多い)もその物質は他の天体の、どこかの超新星 の終末に水素などから作られて爆発したのち重力収縮してできたと考えられていま すから、理論的に不都合なわけではありません。

第五日目に動物の登場です。動物の食料のもとである植物が繁茂していますから、 登場時期は全く適しています。植物にとっても光合成で固定する炭酸ガスの供給者 である動物の登場はタイムリーです。植物が初めに登場して酸素を吐き出して大気 の酸素濃度をあげ、そして動物が現れ、酸素を消費して炭酸ガスを吐き出す。その 炭素分を植物が光合成で利用するという生活環ができることになります。そして人 類が登場します。これらの日にち(六日間)という単位はあまりにも短すぎると考え るかも知れませんが、例えば植物にとって、酸素を消費し炭酸ガスを出す動物の登 場は必須ですので、これらの創造が極めて短期間に行われたことは、道理にかなっ ています。進化論のように植物だけの時代が何万年、何億年も続いたとするほうが 論理的な欠陥を持っています。大気組成がその頃と違っていたと進化論者は言い、 にもかかわらず太古植物化石の放射性元素の年代推測で大気中のアルゴン濃度など を現在のそれを平気で使用するといった破綻を示しています。ただし一日が今の 24時間だったかというと、四日目に太陽があって年月日という概念が登場していま すから、三日目までの植物時代はどの程度の長さかは、いろいろ想像できてしまい ます。あえて解釈する意味はないでしょう。四日目以降は太陽系における地球の自 転と公転周期で決まる長さなので24時間と考えるのが自然でしょう。すると六日目 には、全ての生き物と人間もできたことになります。実際、アメリカで恐竜の足跡 と人の足跡が重なっている化石が出土しています。そして、それにはしかも人足跡 底部にちゃんと重さでへこんだ圧力跡が化石に入っていますから、まぎれもないも のと考えられるにもかかわらず、学会では恐竜の足跡のことだけ取り上げられ、人 の足跡化石は何かの間違いのように扱われてしまっています。しかし恐竜と人とは 確かに同じ時代にいたと化石は語っています。そして化石とは、骨が風化して飛ん でいってしまう前に空気から遮断されて埋没されなければできません。それがノア の大洪水であったと考えると、化石のでき方や、山の上から海洋生物の化石が出た り、下の方の地層にいわゆる下等生物が、上の地層に高等生物が出たりするわけを 矛盾なく説明できます。つまり、天の上にあった水が全て落ちてきて大洪水となり 、海の奥底まで荒れ、運動性の低いものや海底生物が始めに埋められ、運動性の高 いもの、脳の発達したものはある程度の期間逃げてゆき、最後の方で埋められた、 と考えられるのです。上空の軌道を回っていた大量の水が落ちたのですから、ロッ キー山脈の様な高い山も海と一時ひとつながりになってしまったと考えられます。 しかし、地層がその大洪水で全て一気にできたとすると、下の地層と上の地層で放 射性元素を用いた年代推定で値が大きくことなることを説明できません。つまり、 創世記で説明していることが全てではないということは否めません。ですから私た ちはもっともっと科学的に証拠集めをしていかなければなりません。そして本来、 聖書はどうやって天国へ行くか how to go to heaven のために書かれたものであり 、天地がどうなっているか how heavens goではないことは理解しておかなければな りませんが、聖書の創世記はかなり学問的にも科学的妥当性の高いものであること を心して、この先の研究をしていくべきだと言えるでしょう。

目次に戻る


3 わたしたちの起源と存在目的と

生命の起源について"Creation Science"「創造科学」でみてきました。そして生命は創造 されたものではないか、ということが強く示唆されていると述べてきました。それ ではもし、その創造主の存在を公理として認めると、人類の起源はどう説明される のかについて考えていきましょう。人間はその創造された生命のどこに位置するの か、ここでは創造主の創造の目的論的な観点から、人類の起源について考えてみた いと思います。つまり、「創造主の目的」という大それた、もしかしたら恐れ多い 問題をあえて取り扱ってしまおうという、思考の旅をここから先はしていきたいと 思います。

なぜ神は私たちを造ったのでしょう。この広い広い宇宙に私たちはポツンと生きて います。もしかしたらこの荒涼たる宇宙に生命を持つものは、私たち地球生物以外 にはいないのかも知れないのです。しかし、私たちはとにかくも創造され、生命を 与えられ、存在しています。なぜ神は私たちを造ったのでしょう。

これに対する答えは、何が正解なのか、私たちには分かりません。しかし、明らか に私たちは、「創造主」という概念、「神」という概念を持っています。そして私 たち以外には、その概念を持っているものはいません。バクテリアも、植物も、動 物も、猿も、岩も海も星も、あたりまえですが、「創造主」「神」という概念を持 ってはいません。だとしたら、神はもしかしたら、神自身を意識することのできる 存在、というものを造りたかったのではないでしょうか。これは突飛な論理の飛躍 かも知れません。しかし、そう考えることはそう不自然なことではないように思え ます。本当にそうだったのではないでしょうか。

もしそうだとすると、どういうことになるでしょう。まず第一には、神を意識して いるのは私たちだけなのですから、神がその私たちに無関心であったり嫌いである ということはないでしょう。であれば、神が、自ら創造した愛するものに対して、 愛の手や救いの手を差し伸べていない、ということは考えにくいことです。とすれ ば、どこかにその手掛かりがあるのではないでしょうか。そのようなものとして私 たちが知っているものがあります。そのひとつが聖書です。「光りあれ」で始まる 、ビッグバンを思わせるような創造の始めから、神とその愛について記述されてい るおそらく唯一の書物です。他にはあるでしょうか。わかりませんが、少なくとも 歴史を耐え抜いてきたものはありません。

第二には、神を意識できる生物と、神を意識できない生物は、違う目的で創造され たのではないか、という可能性があるということです。生物の中で、理性を持つも のは人間だけです。あとは全て本能だけしか持ちません。動物の家族やグループ内 の絆にしても、それは種(しゅ)の保存と繁栄に必要であることから生じる本能的 なもので、理性にもとづいてのものではありません。神の概念とは、その理性によ る高度な思考活動から生じるものです。

これらのことからいささか強引に結論を導いてしまうと、(1)神は人間を愛している 、(2)神は理性と愛を尊ぶ、ということになるかと思います。つまり、逆に言えば、 人間は愛と理性をもって生きるように造られている、ということです。生物界にお ける人間の特異性は、愛と理性で生きることができる、ということです。

だから、人を愛すること、本能ではしたくないことでも理性によってすること、本 能ではしたいことでも理性でしないことが、人間が本来造られたように生きる上で 、重要なことになるのではないでしょうか。だから、それが神の教えている、本来 造られたように生きるためのインストラクションなのではないでしょうか。愛や理 性は本来創造の初めから備えられていて、それを使うように造られているのでしょ う。すると、愛や理性といった人間特有の能力は、鳥が空を飛ぶ能力とか、猫がね ずみをとる能力とかと同じように、使わないではいられない、そういう本質的な能 力なのでしょう。しかし、その特有の能力であるはずの愛や理性を、使わなかった り、下手な、間違った使い方をしてしまうことが多いので、そこで「聖書」という インストラクションを神が用意したのではないでしょうか。すると、聖書に書いて あることは人生訓や道徳ではなくて、本来そうできている人間の生き方を説明して あるのではないでしょうか。飛ばない鳥やねずみを捕ろうとしない猫のような者に 、飛べないのではない、とれないのではないことを教えるために、人間だけに用意 されたインストラクションなのでしょう。そして造り主すなわち製作責任者として の神と、どのように連絡を取って本来の能力どおりに生きていけるかを伝えていま す。その連絡方法がイエス・キリストだと言っているのです。イエス・キリストを 通じてだけ、造り主と連絡が取れ、本来の正しい生き方が示されると言っています 。それが、聖書はどうやって天国へ行くか how to go to heaven のために書かれた 、ということの意味だと思います。

進化論を信奉しているとこれらのことが分からなくなってしまいます。進化論から は人間の本来の存在目的などという概念は生じてこないからです。単に変化の結果 として人類があることになります。本来の生き方について、なんら答えを与えませ ん。ゆえに進化論は信奉すると不利益である、のですが、それだけではなく科学的 にも無根拠の誤ったものであるらしいことが分かってきたと思います。そして神に よる創造論は、信じると有益だ、というだけでなく科学的にも妥当性の高い事実ら しいということを述べてきました。科学的に考えても存在するであろう製作責任者 であるところの神に頼って、初めから備えられている人間特有の能力をしっかり使 って生きていくことは、とても安心なことではありませんか。

目次に戻る


著者略歴

1957年
  • 東京生まれ。
1980年
  • 東京大学工学部合成化学科卒業
  • 日本石油化学(株)入社。化学プラントの設計及びプロセス管理に従事。
1986年
  • 同社バイオ部門に転身。会社より派遣研究員として、東京大学農学部微生物学研究室 に2年半、アメリカ、コロラド大学細胞分子生物研究室に4年半留学。
  • 神経細胞の遺伝子制御に関する研究で博士号(農学)を取得。
  • 帰国後、日本石油中央技術研究所勤務。
現在
  • 生体調節研究所(株)にて抗ガン物質の研究に従事。