「もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。今私が肉において生きているいのちは、私を愛し、私のためにご自分を与えてくださった、神の御子に対する信仰によるのです。」(2:20)
イエス・キリストの十字架の御業が私たちが生きる原動力です。
私たちが神のために生きるのは、キリストと共に十字架につけられているからです。
キリストが私たちのために死んでくださり、聖霊によって私たちのうちに住んでくださるので、私たちは信仰による歩みをするのです。
ゴードン・フィーという聖書学者はこう言っています。
「キリストが私のうちに生きておられる」という意味は、キリストの霊、聖霊なる神様がキリストを信じる者のうちに生きておられるということです。
キリストを心の中に歓迎する時、人は「三位一体なる神」を体験します。
今日は主の日。共に主に礼拝を捧げましょう。