「ダビデはナバルが死んだことを聞いて言った。「主がほめたたえられますように。主は、私がナバルの手から受けた恥辱に対する私の訴えを取り上げ、このしもべが悪を行うのを引き止めてくださった。主はナバルの悪の報いをその頭上に返された。」」(25:39)
ナバルはダビデを侮辱しましたが、ゴリアテのような戦士ではありませんでした。
しかし、ダビデはゴリアテに対するかのように剣を帯び、復讐しようとしました。
ダビデは自分のことでいっぱいで、神が入る隙間もありませんでした。
そんなダビデにアビガイルは神の存在を思い起こさせました。
私たちが自分のことでいっぱいになっていて、大きな過ちを犯してしまう前に、神はアビガイルのような存在を遣わされます。
そして、私たちがその助言を聞いて、怒りや憎しみ、苦い思いを手放して神に立ち返るならば、神がすべてのことを美しくしてくださることを体験することになります。