1列王記 16:15-28

「彼は銀二タラントでシェメルからサマリアの山を買い、その山に町を建て、彼が建てたこの町の名を、その山の持ち主であったシェメルの名にちなんでサマリアと呼んだ。」(16:24)

南ユダ王国はダビデ王朝が継続しますが、北イスラエル王国は、ヤロブアムの家がバアシャに滅ぼされ、バアシャの家がジムリに滅ぼされ、ジムリはオムリに滅ぼされます。

そして、オムリは北イスラエルの首都をティルツァからサマリアに移します。

サマリアは「山」とあるように、高地にあったので、要塞としてほぼ難攻不落でした。

このようにして、北王国は経済的繁栄を迎えます。

しかし、「ヤロブアムの道に歩み」と繰り返されます。

「ヤロブアムの道」、それは、神の道ではないということです。

自分の目にはよく見える道です。

しかし、聖書は警告します。

「人の目にはまっすぐに見えるが、その終わりが死となる道がある。」(箴言14:12)

持ってても

ちょうど自分の誕生日と兵庫滞在が重なっていたので、せっかくだから神戸で叶えたかった願いを実行しよう!ということになりました。

それは数年前リラのコンサートで行った会津鶴ヶ城に飾ってあった絵の本物を神戸市立博物館に見に行くという事です。

レプリカでも充分迫力がある絵なのですがぜひ本物を見てみたいと!とずっと願っていたのでワクワクしながら行ってみたのですが、どこにもその気配がないのです。

そんなはずはない。会津でも確認して博物館のホームページでも確認したのに。

泰西王侯騎馬図(たいせいおうこうきばず)は確かにここにあるはず。

受付に尋ねるとよくわからないと言われ、さらに上の方に聞いてもらったところ、

「ここにはあるが今は展示されておらず今後の展示も未定」

とのこと。

じゃあなんのためにここに置いてんねん、、、。

これこそまさに「あかりをつけてそれを枡の下に置いている状態」ではないかと思いました。

イエス様の光がそこにあるはずなのに誰も見ることができない、知られてもいない。影響を与えない、そんな悲しいクリスチャン生活にならないようにしたいものです。

(小山晶子牧師婦人)

1列王記 15:33-16:14

「彼は主の目に悪であることを行い、ヤロブアムの道に歩み、ヤロブアムがイスラエルに犯させた罪の道に歩んだ。」(15:34)

バアシャはイスラエルの王ヤロブアムの子ナダブに謀反を企て、彼を殺して、彼に代わって王となりました。

聖書は言います。

「これはヤロブアムが犯した罪のゆえ、またイスラエルに犯させた罪のゆえであり、彼が引き起こしたイスラエルの神、主の怒りによるものであった。」(15:29,30)

バアシャはヤロブアムの家をさばく神の道具としての役割を担ったのにも関わらず、

ヤロブアムの道に歩み、ヤロブアムがイスラエルに犯させた罪の道に歩んだ。

と言います。

つまり、彼は神に従ったのではなく、自分の目的を達成するためだけに行動していたということです。

目に見える出来事よりも、霊的な事柄が重要であることを理解することができますように。

今日は主の日。共に主に礼拝を捧げましょう!

1列王記 15:25-32

「主がそのしもべ、シロ人アヒヤを通して言われたことばのとおりであった。」(15:29)

14章でヤロブアムの妻が預言者アヒヤを訪ねた時、ヤロブアム王の罪を指摘しました。

「あなたは、これまでのだれよりも悪いことをした。行って自分のためにほかの神々や鋳物の像を造り、わたしの怒りを引き起こし、わたしをあなたのうしろに捨て去った。だから、見よ、わたしはヤロブアムの家にわざわいをもたらす。」(14:9,10)

ヤロブアム王の後を継いだナダブ王は、そのことを知っていたはずでした。

ところが、彼は神に立ち返ることはありませんでした。

「彼は主の目に悪であることを行い、彼の父の道に歩み、父がイスラエルに犯させた罪の道を歩んだ。」(15:26)

ナダブ王が罪を認め、父の道から立ち返っていたら彼は赦されたのではと思います。

主は言われます。

「わたしは、だれが死ぬのも喜ばない─神である主のことば─。だから立ち返って、生きよ。」(エゼ18:32)

1列王記 15:9-24

「アサは父祖ダビデのように、主の目にかなうことを行った。」(15:11)

アビヤム王の後を継いだのはアサ王でした。

列王記にはアサ王は肯定的に記されていますが、歴代誌には別の側面が描かれています。

アサ王は宗教改革を行い、ユダの人々を主に立ち返らせました。

そのため、しばらく戦いは起こりませんでした。

ところが、北イスラエルがエルサレムから約6キロ離れたラマの町を建設していることを知ると、アラムの王ベン・ハダドに銀と金を贈り盟約を結びます。

歴代誌を見ると、このことが預言者に指摘されます。

「あなたはアラムの王に拠り頼み、あなたの神、主に拠り頼みませんでした。」(2歴代16:7)

「主はその御目をもって全地を隅々まで見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力を現してくださるのです。」(2歴代16:9)

アサ王の計画は賢く、成功しました。

しかし、それは神への信頼の欠如を示していたことを私たちは知る必要があります。

1列王記 15:1-8

「しかし、ダビデに免じて、彼の神、主は、彼のためにエルサレムに一つのともしびを与えて、彼の跡を継ぐ子を起こし、エルサレムを堅く立てられた。」(15:4)

レハブアム王の後を継いだのはアビヤム王でした。

列王記にはアビヤム王は否定的に記されていますが、歴代誌には別の側面が描かれています。

アビヤム王はイスラエルの民に言います。

「見よ、神は私たちとともにいて、かしらとなっておられる。また、神の祭司たちも吹き鳴らすラッパを手にして、あなたがたに対し進撃の合図を吹き鳴らそうとしている。イスラエルの人々よ、あなたがたの父祖の神、主と戦ってはならない。とうてい勝ち目がないからである。」(2歴代13:12)

「こうして、ヤロブアムはアビヤの時代に、再び勢力を回復することはできなかった。主が彼を打たれたので、彼は死んだ。」(2歴代13:20)

これらは「ダビデに免じて」と言います。

私たちの誠実さは次世代に伝わります。

1列王記 14:21-31

「ユダではソロモンの子レハブアムが王になっていた。レハブアムは四十一歳で王となり、主がご自分の名を置くためにイスラエルの全部族の中から選ばれた都、エルサレムで十七年間、王であった。」(14:21)

北イスラエルのヤロブアム王は、自分で選んだベテルに祭壇を作り、自分勝手に祭司を任命しました。

それに対し、エルサレムは、「主がご自分の名を置くためにイスラエルの全部族の中から選ばれた都」でした。

ところが、神殿を建てたソロモン王の後継者であるレハブアム王をはじめユダの人々は「主の目に悪であることを行い」ました。

驚くことに、聖なる神殿に、神殿男娼(24節)までいたと言います。

そこで、神はエジプトの王が攻め上がってくるのを許されました。

最終的にはレハブアム王はへりくだります。

「王がへりくだったとき、主の怒りは彼を離れ、主は徹底的に滅ぼすことはされなかった。ユダにも良いことがあったのである。」(2歴代12:12)

1列王記 14:1-20

「ところがあなたは、これまでのだれよりも悪いことをした。行って自分のためにほかの神々や鋳物の像を造り、わたしの怒りを引き起こし、わたしをあなたのうしろに捨て去った。」(14:9)

ヤロブアムは自分の都合で、神を利用しようとしていただけでした。

彼にとって神は彼が利用できる範囲の宗教だったのです。

彼は「自分のために」神々を作りました。

しかし、そんな彼の息子が病気になり、自分の力ではどうしようもないという世界にぶつかりました。

その時、自分が勝手に作り出した宗教ではダメだと気がついたのです。

しかし、彼には問題がありました。

彼は人々を欺いて、金の子牛に祈ればいいとしてしまったのです。

彼がまことの神の預言者の所に行くということは、人々を欺いていたことを明るみに出してしまうことでした。

それで彼は欺き通すために、自分の妻を変装させて、預言者の所に遣わします。

一度欺くと、取り返しがつかないところまで繰り返されてしまいます。

1列王記 13:25-34

「このことがあった後も、ヤロブアムは悪い道から立ち返ることをせず、引き続き一般の民の中から高き所の祭司たちを任命し、だれでも志願する者を任職して高き所の祭司にした。このことは、ヤロブアムの家の罪となり、ついには大地の面から根絶やしにされることとなった。」(13:33,34)

ヤロブアムが誰でも志願する人を祭司に任命したことは合理的です。

しかし、レビ人から選ばなければならないという神の御言葉を軽視した行動であり、これが、ヤロブアムの家の罪となったという現実は、私たちに重要な警告を与えています。

それは、神に対する健全な恐れを失うことに対する警告です。

聖なること、神の領域を自分の考えで侵犯してはいけないという警告です。

神は愛なる方です。

しかし、聖なる方です。

神の恵みを当然のことのように受けとめて、神に対する健全な恐れを失うことがありませんように。

母にあう

半年ぶりに両親に会いました。

私にしてはかなり頻度高めです。

状況が許さず数年会えないことも珍しくなかったので、嗣音の引越しのためとはいえ両親の様子を見る機会が与えられて感謝です。

父が喜んで教会に通っていること、大きな声で讃美歌を歌っていること母が庭に植えた野菜が成長している様子など日常に触れることができました。

今回驚いたことは私が英児先生に買ったスマホケースと母が父のために買ったスマホケースが色も形も全く同じものだったことです。

こんな偶然があるのですね。

ああ、自分はやはり母に似ているし影響を受けてるんだなあと嬉しく思いました。

わたしたちはクリスチャンとして、何よりもイエス様の影響を強く受けていたいと願います。

イエス様だったらこんな時どうするだろう。

イエス様だったらどんなふうに言葉をかけるだろう。

イエス様だったらどう祈るだろう、、、。

私たちは尊敬していたり憧れている人の影響を受けやすいと思います。

これまで以上にイエス様と親しくなって、もっともっとイエス様の影響を受けていきましょう!

聖霊さま、来てください。

(小山晶子牧師婦人)