明日はオープンチャーチです

今年もオープンチャーチの日がやってきました。

明日11月4日午前11時30分から午後2時までとなっています。

教会行事ですのでほんの少しでもご参加いただけると嬉しいです。

ところで、秋は芋栗かぼちゃなど美味しい食べ物が満載ですが、アレルギー体質の人にとってはセイタカアワダチソウに苦しめられる辛い時期でもあると思います。

わたしはどちらかというとスギ花粉よりもこちらのアレルギーの方が辛く、特に10後半-11月はその症状が酷く口の中が痒くて頻繁に目が覚める季節です。

が、なぜかわからないのですが今年はまだ症状が出ていないのです。

不思議だ、、、わたし以外の家族は完全に症状が出ているので花粉が飛んでいることは間違い無いと思うのですが、、、こんなに清々しい秋は何年ぶりでしょうか。

思いがけない恵みに預かり今まで見るのも辛かったあの黄色い花も、最近美しいと思えるようになってきました。

明日のオープンチャーチもこれまで以上に実り多き時となりますように。

わたしたちがこの地上に生かされている意味を実感できる1日となりますように。

 (小山晶子牧師夫人)

詩篇 64:1-10

「正しい人は主にあって喜び主に身を避けます。心の直ぐな人はみな誇ることができます。」(64:10)

「心ある人々よ、賛美を習慣とせよ。」(10節MSG)新改訳で「誇る」と訳された単語は、「ハレルヤ」の「ハレル」で、「賛美を習慣とせよ」と訳せます。

詩人は、詩人を恐怖に陥れた悪者たちの存在を神が必ず処罰されるから、「賛美を習慣とせよ」と呼びかけます。

何があっても、賛美を習慣とすることが大事だと言うのです。

イエス・キリストを信じる者は、賛美を習慣とする理由があります。

誤解されたり、嫌な思いは、誰だってしたくないと思います。

しかし、イエス様は「喜びなさい。大いに喜びなさい。」と教えられました。(マタイ5:11,12)

この地上で、多くの信仰の先輩たちも、そのようなところを通ってきたと言います。

ですから、私たちは苦い思いを持つのではなく、賛美を習慣とするように心がける必要があります。

今日は主の日。共に主なる神に礼拝を捧げましょう!

詩篇 63:1-11

「私はあなたの力と栄光を見るためにこうして聖所であなたを仰ぎ見ています。」(63:2)

この節の初めに、「だから」(כֵּן)と訳せる単語が入っています。

つまり、1節の解決策として、神の聖所で、神を仰ぎ見ること、要するに、神の臨在を求めたことが語られているのです。

私たちがまず優先すべきことは、「聖所」で、主なる神を仰ぎ見ることです。

「聖所」は「礼拝の場所」です。

「仰ぎ見る」と訳された単語(חזה)は、「預言者的幻」に用いられる単語です。

私たちは、毎週、主の日である日曜日に、この礼拝堂に集まって共に主なる神様に礼拝を捧げています。

この礼拝堂に集まって共に主なる様に礼拝を捧げることの意味は、私たちの霊の目が開かれ、主を仰ぎ見る、真の神の臨在を体験することでもあります。

パッション訳ではこう訳しています。

「私は、あなたの天の聖所に入るたびに、あなたの力をもっと求め、あなたの栄光をもっと飲むために活力をもらっています。」

詩篇 62:1-12

「神は一度告げられた。二度私はそれを聞いた。力は神のものであることを。」(62:11)

メッセージ訳ではこの箇所をこのように訳しています。

「神はこれをきっぱりと言われた。何度繰り返し聞いたことだろう。『力は神からストレートに来る』」

神は聖書を通してはっきりと語られました。

「二度」というのは、「繰り返し」という意味に理解できます。

私たちは、繰り返し、繰り返し、聖書を通して、神の言葉を聞いています。

それは、「力は神からストレートに来る」という真理です。

私たちが必要としている力は、ただ、神からストレートに来るという真理です。

人はこの真理に立ち返る必要があります。

「主を仰ぎ見て」という賛美があります。こんな歌詞です。

「主を仰ぎ見て、力を得よ。主は我が力、我が盾。

主を仰ぎ見て、光を得よ。

主が全てを、成し遂げられる。

私にせまるどんな山も、越える力、与えてください。

私が恐れず、 ただ主を信じ、進むことができるように」