詩篇 55:16-23

「しかし私はあなたに拠り頼みます。」(55:23)

この箇所の「私は」は強調されています。

つまり、何があっても「私自身は」神により頼みますと言っているのです。

何があっても「私自身は」神を信頼しますと。

ギリシア語七十人訳では「それでも私はあなたに希望を置きます、主よ」と訳しています。

何があっても「私自身は」神を信頼し続け、神に希望を抱き続けますというのです。

ダビデが問題を抱えていた相手は13節を見ると「私の同輩、私の友、私の親友」です。

親友から裏切られたというのは、本当に傷つくと思います。

二つ目の「私の友」を、ギリシア語七十人訳では「私のリーダー」と訳しています。

親友も傷つきますが、自分の尊敬するリーダーから裏切られるというのは、それ以上に傷つくと思います。

もちろん人間ですから、欠けは誰にでもあると思います。

いろいろありますが、それでも私自身は神に信頼する、神に希望を抱くという姿勢が大事です。

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