「牛がいなければ飼葉おけはきれいだ。しかし牛の力によって収穫は多くなる。」(4節)
確かに、牛がいなければ飼葉おけは汚れることはありません。しかし、それでは飼い葉おけの意味がありません。たとえ飼葉おけが汚れたとしても、牛が存在していることに意味があります。同じように、教会も人がいなければ問題は起きないかもしれませんが、人がいなければ教会の意味がありません。たとえトラブルが起こったとしても、様々な人が教会に存在していることに意味があります。私たちが生きている限り、問題がなくなることはありません。しかし、それでも生きていくことに意味があります。LBでは、次のように訳しています。
「働かなければ、手も汚れない代わりに収入もありません。」
すべてのマイナスはプラスになります。
「主よ、私の視点を変えてください!」