2列王記 16:10-20

「彼は、宮の中に造られていた安息日用の覆いのある通路も、外側の王の出入り口も、アッシリアの王のために主の宮から取り除いた。」(16:18)

主の宮は、主のために造られているはずなのに、「アッシリアの王のために主の宮から取り除いた」と言います。

神を恐れることを忘れたアハズ王は、人を恐れるようになります。

教会も、人間中心になってしまうならば、何のために存在しているのか分からなくなってしまいます。

教会がいつも優先すべきは、神であり、神の御言葉である聖書です。

人々が望むことを優先してしまうならば、神の宮とは呼べなくなってしまいます。

アハズ王は、聖書ではなく、ダマスコにある祭壇に似せたものを作らせました。

聖書の御言葉よりも、この世のやり方を取り入れていくならば、それはもう教会とは呼べません。

聖書が信仰と生活の唯一の規範です。

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