マタイ 10章

「わたしの弟子だというので、この小さい者たちのひとりに、水一杯でも飲ませるなら、まことに、あなたがたに告げます。その人は決して報いに漏れることはありません。」(42節)

神の国の働きのために献身した働き人に、神の国の働きのために献身しているからという理由で、敬意を払うならば、その報いを受けると言います。それだけでなく、イエス様の弟子だと言うだけで水一杯提供するならば、その報いからもれることはないと言います。その人の報いのためにも、私たちは快く善意を受け留めることを学ぶ必要もあると思います。使徒パウロも、自分を支援してくれたピリピの教会にこのように言っています。

「贈り物を感謝するのはもちろんのこと、何よりもうれしいのは、その親切な行いのゆえにあなたがたが受ける、豊かな報いのことです。」(ピリピ4:17LB)

神は必ず報いてくださいます。

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