民数記 31章

「モーセと祭司エルアザルは、千人の長や百人の長たちから金を受け取り、それを会見の天幕に持って行き、主の前に、イスラエル人のための記念とした。」(54節)

旧約聖書の戦いに関する記事は難解です。新約聖書では

「戦う相手は、血や肉をもった人間ではなく、肉体のない者たちです。」(エペソ6:12LB)

とありますので、人間対人間の聖戦は、聖書のメッセージではありません。ミデヤン人は先の25章では、誘惑の象徴として出てきています。ですから、ここでは誘惑との戦いとして理解することができると思います。生きている限り、私たちは様々な戦いがあります。その戦いを乗り越えられたことを記念して捧げることは、意味があることだと思います。LBでは今日の箇所をこう訳しています。

「ささげ物は、神の天幕に運び、戦勝の記念として、たいせつに保存することになりました。」

今日はイエス様が死に勝利して復活されたイースターです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です