「しかし、ある者たちが心をかたくなにして聞き入れず、会衆の前で、この道をののしったので、パウロは彼らから身を引き、弟子たちをも退かせて、毎日ツラノの講堂で論じた。」(9節)
ツラノの講堂は、市場の門のところにあり、パウロは学生たちが昼食のために家に帰る昼休みの時間を利用してこの場所を借りて教えていたと考えられています。二年間毎日、聖書を教えた結果、
「アジヤに住む者はみな、ユダヤ人もギリシヤ人も主のことばを聞いた。」(10節)
と言います。さらに、
「神はパウロの手によって驚くべき奇蹟を行なわれた。」(11節)
とありますから、聖書の教えとそれに伴う奇蹟がパウロの働きの中心だったことが分かります。病気はいやされ、悪霊は出て行きました。まさに、同じことが今日の教会の働きにも言えると思います。教会は日々、聖書のみことばを教えている場所です。そして、神はそのような聖書的な教会を用いて、今も、奇蹟を行われます。