「彼はすべて父アマツヤが行なったとおりに、主の目にかなうことを行なった。」(3節)
15章は、ユダとイスラエルの王たちの事跡が次々とわずかな言葉によってまとめられています。一人一人の人生には様々な出来事があったはずです、しかし、どんな王の人生も数行で片付けられています。榎本保郎師はこう言っています。「しかし、聖書はそうした王たちの事跡を記しながら、最後に必ず彼が神に対してどのように生きたかを記している。このことは私たちの人生にとって何が最も重要なことであるかを示しているのではなかろうか。」人生は結局のところ、私たちが神様に対してどのように生きたかが問われます。さらに榎本師はこう言います。「しかし、そうした生き方は見よう見まねによることが多い。」アザルヤは主の目にかなうことを行いましたが、父が行なったとおりにと聖書は言います。私たちの生き様が、次世代に受け継がれていくということを心にとめたいと思います。