「ほむべきかな。主。とこしえまでも。アーメン。アーメン。」(52節)
この詩は、イスラエルの民がバビロンに捕囚されていた時に書かれました。イスラエルの人々の悩みの一つは、ダビデの王座は永遠だと神様が約束してくださったはずなのに、ダビデの子孫が今、王座にいないということでした。詩人は、やがてダビデの子孫としてイエス・キリストが永遠の王座につかれるということを理解することはできませんでした。しかし、詩人は理解できないことのゆえに、知っていることを犠牲にすることはしませんでした。詩人は歌います。
「しかしなお、主は永遠にほめたたえられるべき方です。」(52節LB)
この詩の最初と最後は信仰からにじみ出る賛美で始まり、賛美で閉じられています。私たちもまた、理解できないことのゆえに、知っていることを捨ててはいけません。「しかしなお、主は永遠にほめたたえられるべき方です。」と歌いつつ歩みましょう!