「海は見て逃げ去り、ヨルダン川はさかさに流れた。」(3節)
ここだけ読むと、「?」という印象を持つかもしれません。LBでは
「紅海は、神の民の近づく足音に慌てて二つに分かれ、ヨルダン川は、歩いて渡れる道を作りました。」
とあります。まさに、これは旧約聖書に出てくる、イスラエル民族における、二つの大きな出来事の記録です。どちらも「あり得ない状況」から神が超自然的方法を用いて救い出してくださった出来事です。神に不可能なことはありません。しかし、何度も神の奇跡を体験していたイスラエルの民は、事あるごとにそのことを思い起こし、神がどのようなお方であり、どこから自分たちを導き救い出してくださったかを繰り返し思い起こす必要がありました。このことによって彼らは神の視点にいつも自分の視点を修正していたのです。私たちにとっても、この習慣は大切だと思います。神がなされた御業を思い起こそうではないでしょうか。