Ⅰコリント 13章

「また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。」(3節)

Ⅰコリント13章は、「愛の章」と呼ばれ、よく結婚式で引用されます。「愛」というところに自分の名前を入れると、自分の愛のなさが痛いほど分かる箇所でもあります。どんなに素晴らしい賜物をもっていても、どんなに献身的に慈善を行っても、結局、愛がなければ意味がないというのが聖書が教えている内容です。愛を語るのに、まず「寛容」(4節)があげられているのは興味深いと思います。「辛抱強い」という意味の言葉ですが、「寛容な心」がなければ結局意味がないということだと思います。大和の大川師が「本質以外は寛容であれ」と言っていますが、そのような寛容な心がなければ、何の役にも立たないと言っていることに、心を留めたいと思います。

「本質以外は寛容であることができますように。」

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