「御霊も花嫁も言う。「来てください。」これを聞く者は、「来てください。」と言いなさい。渇く者は来なさい。いのちの水がほしい者は、それをただで受けなさい。」(17節)
神のことばは「来なさい」という招きの言葉で閉じられていることに心を留める必要があります。神の愛のメッセージを聞き、赦しを受け、キリストと共に生きる喜びを体験した者は、他の人にもこの主の招きを伝えたいと思うようになります。イエス様は仮庵の祭りの終わりの大いなる日に、立って、大声で言われました。
「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。」(ヨハネ7:37)
この渇きは単なる身体的な渇きではありません。神への渇きです。問題は、人はこの渇きを一時的な快楽や物質などで埋めようとすることです。この渇きを潤すことができるのは神だけです。神はすべての人を招いています。今日は主の日。共に、主のもとに行き、礼拝を捧げましょう。