「アリマタヤのヨセフは、思い切ってピラトのところに行き、イエスのからだの下げ渡しを願った。ヨセフは有力な議員であり、みずからも神の国を待ち望んでいた人であった。」(15:43)
「思い切って」と訳された言葉を新改訳二〇一七では「勇気を出して」と訳しています。アリマタヤのヨセフは「有力な議員」、エルサレムに住んでいた人なら誰でも知っていた人でした。彼がこの時とった行動は、危険を伴うものでした。反逆罪で十字架につけられた人物に同情を示すということは、彼の仲間というレッテルを貼られることになります。実際、弟子のペテロでさえ、その恐怖のために、「イエス様のことを知らない」と否定してしまったほどです。何が彼をそうさせたのでしょうか。彼は「みずからも神の国を待ち望んでいた人であった。」神の国を待ち望む思いが、勇気を出しての行動につながったと言います。
今日は主の日。神の国を待ち望み、共にまことの神に礼拝を捧げましょう!