「しかし、我に返ったとき彼は、こう言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が大ぜいいるではないか。それなのに、私はここで、飢え死にしそうだ。」(17節)
放蕩息子の転機は、
「何もかも使い果たしたあと」(14節)、
「豚の世話」(15節)
をしていて、
「我に返ったとき」(17節)
でした。
彼はきっといろいろな人から忠告を受けていたと思います。彼は聴く耳がなかったんだと思います。しかし、惨めな生活を送る中で、ふと、
「我に返った」
と言います。
私たちの疑問は、どうしたら放蕩息子や放蕩娘が我に返るかだと思います。
アウグスティヌスの母親、モニカの祈りを通りして、アウグスティヌスは我に返りました。祈りの子は滅びません。放蕩息子、放蕩娘が、我に返ることができるように祈りましょう。祈りの子は滅びません。