「両親はそれに気づかずに、イエスが一行の中にいるものと思って、一日の道のりを進んだ。」(2:43,44)
ヨセフとマリアはイエス様が一緒にいるものと思って旅を続けてしまいました。
私たちも同じ間違いを犯しやすい傾向があります。
イエス様がいるものと思い込んで自分の働きを推し進め、イエス様の臨在を失っていることに気がつかないのです。
もし、そういう状態であるならば、私たちはイエス様の両親がそうしたように、祈りを持ってイエス様を探す必要があります。
イエス様を見つけるまで、あきらめずに、聖書を読み、探し続ける必要があります。
イエス様を見出すなら、イエス様は言われるでしょう。
「父(なる神)の働きに関わることになることを知らなかったのですか?」(49節NTE)
私たちも父なる神の働きに関わっていかなければなりません。