「私たちは祈りと、みことばの奉仕に専念します。」(6:4)
教会における人間関係の摩擦は、残念ながら避けられないものなのだと思います。
教会が誕生してすぐ信徒の中に対立が生まれました。
使徒(教職者)たちは、聖霊に満ちた評判の良い信徒リーダーたちにこの問題を委ねて、自分たちは祈りとみことばの奉仕に専心することにしました。
教職者が問題対応に追われ、祈りと御言葉の奉仕がなおざりになってしまうならば本末転倒です。
問題解決に教職者が適当とも限りません。
教会も人の集まりですから、気をつけないと、「祈りとみことば」の時間よりも、「会議」ばかりになりかねません。
教会はまず何よりも、祈りの場でなければなりません。
聖書の御言葉が語られ、聖書を共に読み、学ぶ場でなければなりません。
問題に対処することばかりに追われるならば、本来あるべき姿を見失ってしまいます。
「祈りとみことば」が教会のあるべき姿です。