「あなたがたのうちのだれかが羊を百匹持っていて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。」(15:4)
イエス様のたとえ話のポイントは明確です。
神は失われた羊を捜す神であると言うことです。
羊は愚かな動物で、その愚かさのゆえに迷子になってしまいます。
「私たちはみな、羊のようにさまよい、それぞれ自分勝手な道に向かって行った。」(イザヤ53:6)
とありますが、人は羊のようにさまよい、自分勝手な道に向かって行く傾向があります。
しかし、大事なポイントは、そんな私たちを神は捜されるということです。
創世記から神の捜索は始まっていますが、イエス様によって失われた人を見つけることが実現し始めました。
イエス様は言われます。
「人の子は、失われた者を捜して救うために来たのです。」(19:10)