「主よ。私の願いはすべてあなたの御前にあり、私の嘆きは、あなたに隠れてはいません。」(38:9)
ダビデは自分の愚かさが招く苦しみを理解していました。
「それは私の愚かさのためです。」(5節)
と告白しています。
ダビデは自分の過ちだけでなく、反対者にも対処しなければなりませんでした。
「私のいのちを求める者は、罠を仕掛け、私のわざわいを願い求める者は、私の破滅を告げ、絶えず、欺くことを語っています。」(12節)
ダビデは言葉を失います。
「しかし私は、彼らが脅す声を聞かないようにしています。口がきけない人のように、黙りこんでいます。」(13,14節LB)
私たちを襲う辛辣な言葉は聞き流すということを学ぶ必要があります。
なぜなら、私たちはダビデと同じように、
「主に望みを託しているからです。」(15節LB)
私たちはダビデがそうしたように祈りに変える必要があります。
神の道は祈りの小石で敷き詰められています。