「そして彼女に、「あなたの罪は赦されています」と言われた。」(7:48)
「あるパリサイ人が一緒に食事をしたいとイエスを招いたので、イエスはそのパリサイ人の家に入って食卓に着かれた。」(36節)
イエス様が当時の宗教指導者の家に入って、一緒に食事をしたというだけでも驚きです。
このパリサイ人も、イエス様を招くだけの度量はあったのだと思います。
しかし、この「罪深い女」の登場を通して、彼が本来ゲストにすべき礼儀を何もイエス様に対してしていなかったことが暴露されます。
イエス様は言われます。
「この人は多くの罪を赦されています。彼女は多く愛したのですから。赦されることの少ない者は、愛することも少ないのです。」(47節)
罪が赦されているかどうかは、その人の行動に現れると言います。
この女性は強制された訳でも、仕方なくでもなく、行動しました。
イエス様に愛され、赦され、受け入れられたことを理解すれば、それに応答せずにはいられないからです。