「彼らはのろいましょう。しかし、あなたは祝福してくださいます。」(28節)
どんなに呪われても、神の民は心配する必要はありません。神はそれを上回る祝福をなされるからです。LBでは、
「彼らにいくらのろわれても平気です。神様の祝福さえあれば、何も気になりません。」
と訳しています。私たちが必要としているのは神様の祝福です。詩篇133篇では、神様の祝福が兄弟姉妹たちが一つとなって共に集まるその所に命じられると約束されています。ペンテコステの日も、信徒たちが一つとなって集っている所に聖霊が臨まれました。まさに、週のはじめの日(日曜日)に、イエス・キリストの御名によって一つとなって神を礼拝することは、私たちが考える以上に意味があることが分かります。生きていく中で、のろわれているのではと思うほどのことがあります。しかし、共に神に礼拝を捧げる中で、神ご自身が祝福してくださいます。