「主が来て、そばに立ち、これまでと同じように、「サムエル、サムエル」と呼ばれた。サムエルは「お話しください。しもべは聞いております」と言った。」(3:10)
祭司エリの悲劇は
「エリは、主が少年を呼んでおられるということを悟った。」(8節)
とあるように、主の声を聴く術を知っていたのに聞いていなかったということです。
「そのころ、主のことばはまれにしかなく、幻も示されなかった。」(1節)
というのは、祭司エリの生き方自体に問題があったということです。
神の御声を聴くことは主に仕える者の基本です。
サムエルのように、
「お話しください。しもべは聞いております」
と日々祈り、聖書の御言葉を開くことは基本です。
エリの問題は、
「息子たちが自らにのろいを招くようなことをしているのを知りながら、思いとどまらせなかった咎のためだ。」(13節)
とあります。
神を恐れない者を聖務から外す決断も大切だったということだと思います。