「サウルとその兵たちは、アガグと、肥えた羊や牛の最も良いもの、子羊とすべての最も良いものを惜しんで、これらを聖絶しようとしなかった。ただ、つまらない値打ちのないものだけを聖絶したのである。」(15:9)
旧約聖書を読む上で「聖絶」ほど難しい概念はないと思います。
それは、「神の審判」のもとにあり、それゆえに徹底的に破壊する、削除することが求められます。
この箇所では、これが単なる略奪行為の戦争ではないことを印象付けるために、戦利品を取ってはいけないと命じられました。
ところが、サウル王もその兵たちも、無価値なものだけを聖絶し、良いものは持ち帰ったとあります。
いつの時代も問題の根源にあるのは、自分たちの価値基準で物事を裁いてしてしまうことです。
神の目には無価値なものはありません。
今日は主の日。共に、主に礼拝を捧げましょう。