「そして、「キリストは苦しみを受け、死者の中からよみがえらなければならなかったのです。私があなたがたに宣べ伝えている、このイエスこそキリストです」と説明し、また論証した。」(17:3)
パウロのメッセージの中心はイエス・キリストでした。
今も、キリスト教会が伝えるメッセージの中心はイエス・キリストです。
「キリスト」は名前ではなく「油注がれた者」(メシア)というタイトルです。
ユダヤ人は王に油を注ぎましたので、それは、王を意味するタイトルでもありました。
また、「救い主」も「主」も、ローマ皇帝のタイトルでした。
ですから、イエスを「主」と呼ぶことは、ローマ皇帝は違うということを意味しました。
それで
「やつらは反逆罪を犯しています。カイザル(ローマ皇帝)でなく、イエスという別の王がいる、とふれ回っているのです。」(7節LB)
と訴えられたのです。
イエス・キリストを王の王、主の主としてふれ回ることが福音宣教です。